2003年8月1日発行

みくらエッセイ

「極上の幸福感」  橋本正樹
 
 
8月6日、長田区御蔵通5丁目・北公園での盆踊りが終った。河内音頭サイドから被災された神戸市民へのメッセージをこめて、「がんばろな神戸・盆踊り大会」と銘うってきたが、ことしから主催者の要望で、「神戸みすが盆踊り大会」にかわった。1995年8月10日、菅原市場駐車場でのトラックの仮説櫓ではじまった盆踊りは、ことしで9回目。

 盆踊りの切掛は、朝日放送報道部のKさんの要請だった。大震災の前年の、1994年9月に放送されたドキュメンタリー番組『河内音頭の熱い夏・櫓の上のスターたち』を制作してくれたのがKさんで、音頭関係者たちも震災直後より神戸で何か役にたつイベントをやりたいと考えていたこともあって、二つ返事で引きうけた。2回目から会場は菅原から御蔵へとわずかに移動したが、8月上旬の盆踊り大会はしっかりと根付きつつあると思う。

 午後6時55分の黙祷にはじまる盆踊りのプログラムは例年つぎのように進行する。7時から各社中の幹部による15分間の音頭が5席。アイスキャンデイ・タイムの10分間の休憩。8時25分からが師匠たちのの20分間の音頭が3席。主催者の挨拶と参加者全員の三本〆で、9時30分に終演。

 河内音頭のプロデューサー的役割をはたす僕が書くといささか宣伝めくが、出演する師匠たちは名実ともに超一流の実力者たちである。中国・上海やアメリカ・ラスベガスおよびロサンゼルスの海外公演をはじめ、日本一の河内音頭の盆踊りと評されている東京・錦糸町の大盆踊り大会に23年間総出演してきたし、わが国の芸能の殿堂である東京・国立劇場の公演、そして音楽ファンに人気の高いライブハウス東京・渋谷のクラブ・クアトロにも2回出演をはたした。ちょっと勿体ぶって言うと、本場の河内音頭の櫓でも一夏に一度か二度しか顔合わせのない河洲光丸、日乃出家小源丸、三音家晴月、鳴門家寿美若が長田で勢ぞろいするのである。

 「盆踊りでようやく踊りを覚えても、1年たったら見事に忘れてる」という田中保三さんの要望があって、大会の1週間前に2時間ほど特訓している。指導は芦屋の針灸師・山口陽一さんで、本場の音頭場でも踊りの名手として知られている。手踊り、豆カサ、最近流行している通称流しの三種の踊りを幾度もおさらいする。その甲斐あって、みすがの踊りの輪が充実してきた。心地よいリズム感があり、櫓全体が開放感にあふれる。

 盆踊りでいつもトリの音頭がはじまるころ、会場に涼やかな風が流れ込んできて、とても晴々しい気分になる。河内音頭には仏供養の意味合いもあり、もしかして御霊をおとむらいしたのかも知れない。とりわけみすがの盆踊りでの幸福感は極上で、体じゅうの力が漲ってくるような気がする。俺は生きているぞ、と実感する一瞬でもある。あの瞬間に出逢うために、非力なプロデューサーながら、みすがの盆踊りを続行したいと願っている。


プロフィール
はしもと・まさき。1947年、兵庫県尼崎市生まれ。明治大学文学部卒。大衆演劇、河内音頭などルポと評論を手がけ、芸能プロデューサーとしても活躍。NHK朝の連続テレビ小説「いちばん太鼓」では考証を担当。著書に「竹田の子守歌」「旅姿男の花道」共著に「大衆劇団の世界」「上方笑芸の世界」。熱狂的なトラキチで、25年前にタイガースが優勝するまで結婚しない会を結成。宣言通りに18年前に結婚、長男に大雅(たいが)と命名。